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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)8249号 判決

原告

森正

原告

浅野照男

原告

樋口晴基

原告

平形喜久雄

原告

中出敏昭

原告ら訴訟代理人弁護士

木本寛

板垣善雄

被告

株式会社ダイフク

右代表者代表取締役

小泉純一

右訴訟代理人弁護士

飛松純一

清水真

松井秀樹

内田晴康

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一事案の概要及び争点

一  原告らの申立て,争いがない事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,次に付加するほか,別紙のとおりである。

二  原告らが付加する主張

1  原告らに対する合意退職の申込みは,対象者を選定の上,精神的ダメージを与えて,考慮のための時間を与えずなされたものであり,実質的に指名解雇である。そして,これは人員整理のために行われたものであるから,いわゆる整理解雇の4要件を充足する必要があるところ,被告がこれを充足していないことは,別紙〈50頁以下に掲載〉の当事者の主張欄の原告らの主張に記載のとおりである。

2  原告らに対する合意退職の申込みは,次に述べるとおり,その手続において違法であり,労働契約上の信義則に反するもので,権利の濫用であり,無効である。

(一) 原告森は,平成10年11月6日,竹内専務の自室で突然,原告森の不意をつくという形で行われたもので,原告森の精神的ダメージを与える意図で実施され,退職意思の自発的形成の機会を与えるものではなかった。原告森の退職の意思を確認する前に退職金の額を一方的に伝え,退職に応じなければ割増金はない旨告げるなど,強要であって退職勧奨といえるものではない。

(二) 原告浅野に対する合意退職の申込みは,年俸者面接の際に突然されたものであり,全くの不意打ちであり,選定理由は告げられず,合理的な理由を挙げて説得するなどの自発的な退職意思を形成させようとする試みは一切されなかったもので,強要であって退職勧奨といえるものではない。

(三) 原告樋口に対する合意退職の申込みは,年俸者面接の際ではなく,その前に突然されたものであり,全くの不意打ちであり,「君には退職してもらうことになった。」というもので,選定理由は告げられず,合理的な理由を挙げて説得するなどの自発的な退職意思を形成させようとする試みは一切されなかったもので,強要であって退職勧奨といえるものではない。

(四) 原告平形に対する合意退職の申込みは,年俸者面接の際ではなく,その前に突然されたものであり,全くの不意打ちであり,「君には退職してもらう。」というもので,選定理由は告げられず,合理的な理由を挙げて説得するなどの自発的な退職意思を形成させようとする試みは一切されなかったもので,強要であって退職勧奨といえるものではない。

(五) 原告中出に対する合意退職の申込みは,年俸者面接の際に突然されたものであり,全くの不意打ちであり,「君には退職してもらう。」というもので,選定理由は告げられず,合理的な理由を挙げて説得するなどの自発的な退職意思を形成させようとする試みは一切されなかったもので,強要であって退職勧奨といえるものではない。

3  被告の就業規則19条は,従業員が退職を希望し,14日以前に所定の様(ママ)式による退職願を所属長に提出し,会社の了解を得た上で退職すると規定するところ,これにより,所属する職場の部門長,次いで各職場の総務部門長,大阪総務部総本部長の確認を経て退職が確定するものである。しかるに,原告らの退職については,右規定による手続,確認がされていないから,原告らの合意による雇用契約の解約は無効である。

4  原告中出について退職承諾が認められるとしても,これは強迫によるものであるから,民法96条1項により取り消す。

第二裁(ママ)判所の判断

一  整理解雇法理の適用について

原告らは,その退職を,実質的に整理解雇によるものであるといい,また,合意退職の申込み(退職勧奨)であるとしても,その態様から,退職が有効となるためには,いわゆる整理解雇の4要件の充足を必要とすると主張する。

ところで,原告らが被告と雇用契約関係にあったことは争いがないから,その解消は被告において主張立証すべきものであるところ,被告は,原告らが雇用契約上の地位を失った事由としては,合意退職のみを主張しているのであるから,原告らの退職理由が解雇であるか否か(引(ママ)いては,解雇が有効であるか否か)は,本訴の争点となるものではない。

そこで,被告の原告らに対する合意退職の申込みに整理解雇の4要件の充足が必要であるかどうかを検討するに,契約の申込みは,それが合意退職についてであっても,当事者の自由というべきであり,人員整理の目的で行われる場合であっても,整理解雇の4要件の充足を必要とするとはいえない。申込みの相手方は,これに応じたくなければ,承諾しなければいいわけで,合意退職の申込みについていえば,これに承諾しなければ,退職の効力が生じることはあり得ないのであるから,申込み自体を制限しなければならない理由はない。

原告らが,合意退職の申込みについて検討の時間がなかった等と主張する点は,承諾するか否かについて,実質的に自由がなかったといいたいものと思われるが,そうであれば,これは承諾の問題であって,申込みの問題ではない。承諾に瑕疵があれば,合意は効力を生じず,または取り消されることになるのであるから,承諾の有無,効力だけを問題とすれば足りる。

二  原告森,同浅野,同樋口及び同平形の退職承諾について

1  原告森,同浅野及び同平形は,いずれも退職届を提出して,これに基づき合意退職としての処理が行われている。右退職届の提出は,合意退職の申込みに対する承諾の意思表示ということができるから,以下において,これらの意思表示に瑕疵があったかどうかを検討する。

2(一)  原告森は,その退職に対する承諾は強迫によるものであると主張するところ,〈証拠略〉,原告森本人の供述によれば,原告森は,平成10年11月6日,被告本社専務室において,竹内専務から,突然に「君,辞めてもらう。」と退職を通告され,退職通告の理由として,原告森が伊東進前社長の私設秘書であったこと,竹内専務のリストラ策に反対したこと,出張ばかりで不在が多く何をしているのか判らないこと,一匹狼で人望がないことなどを告げられたこと,その言い方から,会社人間としての生命は断たれたものと受け止め,退職を拒絶すれば,左遷され,賃金を大幅に減額されることを覚悟しなければならず,退職を拒絶する選択はなく,退職を強要されたものであると述べる。

しかしながら,証人竹内は「やめてもらう。」といった表現をしたことはなく,被告の実情から勇退をお願いしたいと告げたに過ぎないと述べるところであり,被告としては,円満にリストラ策を実施しようと試みるであろうから,徒に高圧的な方法を採るとは直ちに信じられないところであるうえ,原告森本人の供述によっても,当日の竹内専務との面談は短時間に終わったもので,竹内専務が,退職を拒絶すれば配転や減俸等の報復措置をすると告げたことはなく,原告森自身,「考えてご返事します。」と述べて退出し,後日,承諾の意思を伝え,同年12月14日付けで退職届を提出したというのであるし,原告森が,相当の学歴を有し,総務本部理事という地位にあり,労働関係の知識も有していたことを考慮すれば,原告森の退職に対する承諾が被告の強迫によってされたものと認めることはできない。退職に承諾しなかった場合に,配転などが予想されるとしても,それが直ちに違法,無効なものとはいえないし,具体的に,これを告知をされたわけでもないのに,これをもって強迫に当たるとすることはできず,原告森の主張は採用できない。

(二)  原告森は,合意退職申込みが突然,原告森の不意をつくという形で行われたもので,原告森の精神的ダメージを与える意図で実施され,退職意思の自発的形成の機会を与えるものではなかったというが,申込みが突然であるだけで違法となるものではないし,被告が,原告森に精神的ダメージを与えることを図ったという証拠はない。突然に退職を勧奨されれば誰でも精神的打撃を受けるであろうが,そのこと自体は,事柄の性質上,仕方がないことである。前述のように,原告森は,十分な判断能力を有していた上,即答を避けて,後日回答したもので,被告が合意退職に承諾しなければ報復すると言ったわけでもなく,原告森において,配転や不利益処分のあり得ることを考えて退職を決断したというに過ぎず,これを強要ということはできないし,被告の手続に違法な点は認められず,雇用契約上の信義則違反はない。

3(一)  原告浅野も,その退職に対する承諾は強迫によるものであると主張するところ,原告浅野本人,(証拠略)は,被告の大西副社長は,原告浅野に対し,平成10年11月11日,被告滋賀事業所第5応接室において,「浅野君には辞めてもらうことになった。お願いする(〈証拠略〉では「お願いしたい」)。」と退職を求め,退職が決定したと言わんばかりに退職金,割増金の説明を始め,原告浅野を選定した理由は告げず,役員会の決定であると言って選択肢はない旨を告げたもので,その通告は,解雇であり,これを拒絶すれば,いわれなき大幅減俸等の報復措置を受けるかも知れず,やむなく退職届を提出した旨述べる。

しかしながら,原告浅野本人の供述によっても,大西副社長の言動に,減俸等の報復措置をするといったものがあったとは認められず,原告浅野は,右面談の際にも,一旦退出後,再度の面談を求め,その際,大西副社長からは「分かって欲しい。お願いする。」とだけ言われ,「2,3日考えさせて下さい。」と言って退出し,その後,返事をしないでいたところ,被告の滋賀総務部一之瀬課長から請求されて,後日,退職届を提出したというのであり,原告浅野が,相当の学歴を有し,被告の部長や館長という地位にあった者であることをも考慮すれば,原告浅野の退職に対する承諾は,その意思に基づくものと認められ,これを被告の強迫によるものとは認めることはできない。

(二)  原告浅野は,合意退職の申込みは,年俸者面接の際に突然されたものであり,全くの不意打ちであり,選定理由は告げられず,合理的な理由を挙げて説得するなどの自発的な退職意思を形成させようとする試みは一切されなかったもので,強要であって退職勧奨といえるものではないと主張する。

しかしながら,合意退職の申込みが突然にされたからといって違法となるものではない。退職勧奨の対象者に選定理由を告げるかどうかについては,(証拠略)によれば,対象となった者の心情に配慮して告げないこととしたというのであり,退職勧奨の方法としては,対象者に選定の理由を告知して説得するという方法もないわけではないが,それは対象者の欠点を告知することになる上,処分と違って,勧奨である以上,弁解を受けても意味はなく,対象者が不満なら承諾しなければいいだけであるから,被告が行った方法を不当ということはできない。前述のように,原告浅野は,合意退職の申込みを受けて,検討した結果,後日,承諾したもので,自由意思がなかったとはいえないし,被告の手続に違法な点はない。

4(一)  原告樋口も,その退職に対する承諾は強迫によるものであると主張するところ,(証拠略),原告樋口本人の供述によれば,原告樋口は,平成10年11月5日,竹内専務から専務室に呼ばれ,何ら理由や根拠を説明されることなく,「今回,君には退職してもらう。」と言われ,突然退職を求められ,退職金の算定方法等の話をひととおり受けて退出したが,その後は,出社しづらい状態となって後任への引継ぎをせざるを得なくなり,退職に応じないときは出向,配置転換,大幅減俸等の報復措置をされるかもしれないので,同年12月20日には被告の求めるまま退職手続をしたというのである。

これによれば,原告樋口本人の供述によっても,竹内専務や被告関係者による報復措置などの強迫行為がなかったことは明らかである。原告樋口は,被告が,報復があるかもしれないと考えさせて,退職に応じさせたもので,竹内専務の行為は強迫に当たると主張するのであるが,原告樋口が,現実に,出向,配置転換,減俸などの報復措置をすると告げられたわけではなく,退職に承諾しなかった場合に,配転などが予想されるとしても,それだけで強迫に当たるということができないのは,原告森について説示したとおりである。

(二)  原告樋口は,合意退職の申込みは,突然されたものであり,全くの不意打ちであり,選定理由は告げられず,合理的な理由を挙げて説得するなどの自発的な退職意思を形成させようとする試みは一切されなかったもので,強要であって退職勧奨といえるものではないと主張する。

しかしながら,合意退職の申込みが突然にされたからといって違法となるものではないことは前述のとおりである。退職勧奨の対象者に選定理由を告げるかどうかについても,原告浅野について述べたとおりであり,これを告げなかったことをもって違法ということはできない。前述のように,原告樋口は,合意退職の申込みを受けて,検討した結果,後日,承諾したもので,自由意思がなかったとはいえないし,被告の手続に違法な点は認められない。

5(一)  原告平形も,その退職に対する承諾は強迫によるものであると主張するところ,(証拠略),原告平形本人によれば,原告平形は,平成10年11月5日,小牧事業所役員室において,竹内専務から,「会社再建のため,役員会の決定で君には退職してもらうことになった」と言われ,これは解雇通告かそれに近いもので,退職拒否を言い出せば,いわれない出向,配置転換,大幅減俸等の報復措置を受けるかも知れず,やむなく「分かりました。」と答えた。そして,後日,退職届を提出したというのである。

しかしながら,原告平形本人の供述によっても,右面談の時間は僅かで,その間に,退職に応じなければ,出向,配置転換,大幅減俸等があると告げられたわけではなく,配転などが予想されるとしても,それだけで強迫に当たるということができないのは,原告森について説示したとおりであり,原告平形の退職に対する承諾が被告の強迫によるものとは認めることはできない。

(二)  原告平形が,手続違法を主張し,これが労働契約上の信義則に反する(ママ)いう点についても,原告浅野,同平形の手続違反の主張について説示したと同様である。原告平形本人は,竹内専務から,退職してもらうことになったと解雇かそれに近い形で告げられ,抗すべくもなく,直ちに「分かりました。」と回答した旨というのであるが,同本人の供述によっても,被告が,寸刻を与えずに回答を求めたという事実はなく,原告平形が主事,課長を歴任した者であってみれば,原告森,同浅野がしたように回答に猶予を求めることはできたはずであって,被告の手続に違法はないし,原告平形に,決定の自由がなかったということはできない。

三  原告中出の退職承諾について

1  原告中出については,退職届を提出していないところ,被告は,原告中出が遅くとも平成10年12月31日には,黙示的に退職に承諾した旨主張するので検討するに,(証拠・人証略),原告中出本人及び被告代表者の各尋問の結果によれば,次のとおり,認めることができる。

(一) 被告においては,平成10年4月以降受注高が減少したこともあって,いわゆるリストラを行うこととなり,これに伴い人員削減を計画し,同年10月16日の取締役会において,人件費削減,不採算部門からの撤退,出先店舗等の統合・廃止等のいわゆるリストラ策を決定した。そして,年俸者約50名について退職を勧奨することとし,退職に応じた者に退職割増退職金を支給すること,年次有給休暇の(ママ)買い取ること,再就職ガイダンスを実施することなどの早期退職者優遇措置を決定し,同年11月2日までに,年俸者約50名の退職勧奨対象者を決定して,その対象者に順次,退職を勧奨して,退職届の提出を受けてきた。

(二) 原告中出は,兵庫県川西市に自宅を有し,神奈川県藤沢市の社宅に居住して勤務していた者で,平成10年11月4日,東京本社での経営説明会において,大西副社長から,被告の経営状況の説明と退職希望者を求める旨の話を聞いていたが,退職の意思はなかったところ,同月11日,今井常務,北條理事,天草理事,河野事業本部長から年俸者面接を受けた際,今井常務から,役員会において,原告中出が退職者に選定された旨を告げられた。原告中出は,驚いて,理由を尋ねたが,理由は説明されなかった。そして,それ以外には,これといった会話もなく,原告中出は,退職に対し,特段承諾もしないまま,約10分で退室した。

(三) 原告中出は,同月20日,中島課長から,退職条件の説明を受け,退職届及び関係書類の提出を求められた。しかし,被告から辞めろという書類が出されれば,退職届に押印すると答えた。

(四) 原告中出は,武内基詞から,再就職セミナーに関する希望を聞かれ,一旦,関西に転居する前に受講したいと答えたが,東京での実施時期が未定であったことから,大阪本社において同年12月14日から同月16日にかけて開催されるセミナーに参加することとし,これを受講した。

原告中出は,同年12月10日,東京本社に呼び出され,他の退職者とともに,武内基詞から,退職に伴う手続として,退職金,退職年金,雇用保険,健康保険等について説明を受け,任意継続被保険者資格取得申請書,退職所得の受給に関する申告書等に署名などをして提出した。更に,退職証明書の交付を希望し,社宅の退去については同年12月23日に退去する旨告げた。なお,その際,武内基詞から退職届の提出を求められたが,これを提出することは拒絶したものの,退職することについては分かると言って,退職しないとは言わなかった。

原告中出は,同月20日ころには,出勤しなくなり,社宅も引き払った。

(五) 原告中出は,退職金,割増金を受領し,その後,平成11年6月,他に就職した。しかし,退職届の提出はせず,平成11年7月に至って,被告から,退職届の提出を求められたが,これを拒否している。

2  右認定の事実に鑑みるに,原告中出は,退職届の提出を明確に拒絶してきたことを認めることができるのであるが,退職自体を拒んでいたわけではなく,被告の早期退職者優遇措置に基づいて,退職金の額などの説明を受け,また再就職セミナーも受講し,退職に伴う書類を提出して,社宅を退去し,同年12月末日をもって退職と扱われ,退職金,早期退職者優遇措置による割増金を受領したのであって,これによれば,原告中出は早期退職者優遇措置による退職に応じたものということができる。そうであれば,原告中出は,同年12月末日ころには黙示的に退職に承諾する意思表示をしたものというべきである。

3  原告中出は,合意退職の申込みの手続が違法である旨主張するが,これが突然されたこと,選定理由は告げられなかったことをもって違法といえないことは前述のとおりであり,原告中出が,退職の意思を有しながら,退職届についてはこれを拒むなどしていることに鑑みれば,原告中出が合意退職を拒絶する自由を有していたいことは明らかであり,被告から強迫文言が言われた事実は認められず,被告の手続に違法があったとはいえない。

4  また,原告中出は,被告の強迫を主張するが,被告に強迫行為があったとは認められず,原告中出の退職承諾が強迫によるものと認めることはできない。

四  原告らが,就業規則19条違反をいう点は,同規則が合意退職を拘束する根拠はなく,失当である。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

〈別紙〉

平成12年2月25日訂正版

平成11年(ワ)第8249号

請求の趣旨

1 被告は,原告らが被告に対し,いずれも労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は,原告森正に対し,平成11年1月1日から毎月25日限り金100万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3 被告は,原告浅野照男に対し,平成11年1月1日から毎月25日限り金77万5000円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4 被告は,原告樋口晴基に対し,平成11年1月1日から毎月25日限り金72万9167円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

5 被告は,原告平形喜久雄に対し,平成11年1月1日から毎月25日限り金65万4167円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

6 被告は,原告中出敏昭に対し,平成11年1月1日から毎月25日限り金66万6667円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

7 被告は,原告らに対し,各金300万円及びこれらに対する本訴状送達翌日(平成11年8月17日)から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

8 訴訟費用は被告の負担とする。

事案の概要

本件は,合意退職扱いとなった原告らが,合意退職の無効,取消を理由に労働契約上の地位の確認と賃金及び慰藉料の支払を求めるものである。

争いがない事実等

1 当事者

(一) 被告の概要

被告は,肩書地に本社を有する株式会社であり,主として自動車メーカーの工場内生産ラインの搬送システム,立体自動倉庫・回転ラック等の保管システム,物流機器等の製造・販売を営業の目的とし,本社,愛知県小枚市及び滋賀県蒲生郡に工場を,全国各地に支社・支店・営業所等を有する資本金80億2300万円の株式会社である。

(二) 原告らの地位

(1) 原告森正(昭和20年9月8日生まれ。以下「原告森」という。)は,兵庫県尼崎市立尼崎高等学校卒業後昭和39年4月1日,被告との間で労働契約を締結し,被告に入社した。原告森は,入社後,昭和59年4月1日小牧工場総務課課長,平成5年4月1日中部総務部部長,平成8年11月1日財務本部長,平成9年4月1日財務本部事業部長(本部長),平成10年4月1日総務本部長,同年7月1日総務本部長(理事)を歴任し,後記平成10年12月31日に退職扱いとなるまで総務本部理事(事業部長・本部長)の地位にあった者である。

(2) 原告浅野照男(昭和17年1月4日生まれ。以下「原告浅野」という。)は,大阪工業大学機械工学科卒業後昭和39年4月1日,被告との間で労働契約を締結し,被告に入社した。原告浅野は,入社後,本社勤務の後昭和54年4月1日小牧工場設計部課長,昭和57年4月1日小牧工場システム技術課課長,昭和63年4月1日滋賀工場機器事業部商品開発部部長代理,平成2年4月1日同部長,平成4年4月1日滋賀製作所第3機器工場長,平成6年4月1日PR研修部部長,平成7年4月1日,日に新た館部長を歴任し,後記平成10年12月31日に退職扱いとなるまで日に新た館部長の職にあった者である。

(3) 原告樋口晴基(昭和15年4月19日生まれ。以下「原告樋口」という)は,関西大倉学園卒業後昭和35年4月1日,被告との間で労働契約を締結し,被告に入社した。原告樋口は入社後,本社勤務の後昭和57年4月大阪工場技術情報課CAD担当課長,昭和60年4月間諜テクニカルスクール社員教育担当課長,昭和63年8月本社管理部株主管理,総会運営,損害保険,管財担当課長,平成4年4月同部長代理,平成9年4月セキュリティ本部防火管理,損害保険担当部長代理を歴任し,後記平成10年12月31日に退職扱いとなるまでセキュリティ本部防火管理,損害保険担当部長代理の職にあった者である。

(4) 原告平形喜久雄(昭和16年4月3日生まれ。以下「原告平形」という)は,山形県立鶴岡工業高等学校卒業後昭和36年4月1日,被告との間で労働契約を締結し,被告に入社した。原告平形は,入社後,本社勤務の後,東京支社,小牧工場等で勤務した後,平成3年4月1日小牧工場設計部主任技師,同年10月1日小牧工場PRセンター主任技師,平成6年4月1日小牧事業所中部総務部渉外・フロント主事,平成9年7月1日小牧事業所中部総務部渉外・フロント主事(ママ),平成9年7月1日小牧事業所クリーンFA生産課主事,平成10年5月1日小牧事業所セキュリティ本部環境管理グループ課長を歴任し,後記平成10年12月31日に退職扱いとなるまで小牧工場セキュリティ本部環境管理グループ課長の地位にあった者である。

(5) 原告中出敏昭(昭和18年6月18日生まれ。以下「原告中出」という)は,大阪府立淀川工業高等学校卒業後昭和37年4月1日,被告との間で労働契約を締結し,被告に入社した。原告中出は,入社後,本社生産設計課,同CAD推進グループで勤務した後,昭和62年4月1日生産設計課長,平成3年4月1日新生産システムプロジェクト課長,平成8年4月1日テクノサービス事業部関東設計グループ課長を歴任し,後記平成10年12月31日に退職扱いとなるまでテクノサービス事業部関東設計グループ課長の地位にあった者である。

(三) 原告らの年俸

被告は,平成7年4月に部長職以上の,平成8年4月課長職以上の管理職について年俸制を導入し,年功序列的な賃金秩序から脱却し,成果・実力主義による賃金制度を導入した。

原告らはいずれも年俸制適用者(以下「年俸者」という。)として,被告から次のとおりの定めによる年俸(年間給与)を得ており,原告森は,これを12分してその1を各月25日に,その余の原告らは,年俸を16分してその1を各月25日に,16分の4を夏期及び冬季の賞与として,それぞれ支払を受けていた。

(1) 原告森 金1200万円

(期間,平成10年7月1日から1年間)

(2) 原告浅野 金930万円

(期間,平成10年4月1日から1年間)

(3) 原告樋口 金850万円

(期間,同上)ただし,家族手当を加算すれば,874万円

(4) 原告平形 金790万円

(期間,同上)ただし,家族手当を加算すれば,814万円

(5) 原告中出 金800万円(期間,同上)

(四) 原告らの定年

被告における定年制は,部長職以下の場合就業規則17条(〈証拠略〉)により60歳に達した年度の9月または3月末日とされ,部長待遇理事の場合も理事取扱い規定5条(〈証拠略〉)により同様の定めがある。そこで,原告森は平成17年9月末日,原告浅野は平成14年3月末日,原告樋口は平成12年9月末日,原告平形は平成13年9月末日,原告中で(ママ)は平成15年9月末日が定年時期である。

3 原告らの退職扱い

(一) 原告森は,平成10年11月6日,被告から退職を「勧奨」され,同年12月14日付けで退職届(〈証拠略〉)を提出し,同月31日付けで退職扱いとなった。

(二) 原告浅野は,平成10年11月11日,被告から退職を「勧奨」され,同年12月10日付けで退職届(〈証拠略〉)を提出し,同月31日付けで退職扱いとなった。

(三) 原告樋口は,平成10年11月5日,被告から退職を「勧奨」され,同年12月20日ころ退職届(〈証拠略〉)を提出し,同月31日付けで退職扱いとなった。

(四) 原告平形は,平成10年11月5日,被告から退職を「勧奨」され,同年11月30日付けで退職届(〈証拠略〉)を提出し,同月31日に退職扱いとなった。

(五) 原告中出は,平成10年11月11日,今井昌夫常務取締役(以下「今井常務」という。)から退職を「勧奨」され,その後退職届の提出を求められたものの,これを提出していない。しかし,原告中出は,退職に応じたものとして扱われ,同年12月31日付けで退職扱いとなった。

4 原告らの退職扱いに至る経緯

(一) 被告における営業実績等

(1) 被告の最近における経常利益(損失),当期利益(損失)及び当期未処分利益の推移は次のとおりであった(〈証拠略〉)。

〈1〉 経常利益(損失)の推移

第79期(平成6年4月1日から1年間)

経常損失 金8億9200万円

第80期(平成7年4月1日から1年間)

経常利益 金14億8600万円

第81期(平成8年4月1日から1年間)

経常利益 金46億6700万円

第82期(平成9年4月1日から1年間)

経常利益 金25億2300万円

第83期(平成10年4月1日から1年間)

経常利益 金13億3300万円

〈2〉 当期利益(損失)の推移

第79期 当期損失 金10億3800万円

第80期 当期利益 金10億6900万円

第81期 当期利益 金20億3600万円

第82期 当期利益 金23億4600万円

第83期 当期利益 金4億9300万円

〈3〉 当期未処分利益の椎移

第79期 当期未処分利益 金35億0036万4982円

第80期 当期未処分利益 金34億9274万6788円

第81期 当期未処分利益 金44億9970万0568円

第82期 当期未処分利益 金51億0293万5257円

第83期 当期未処分利益 金38億2006万2446円

(2) 被告の第84期(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)及び第85期(平成12年4月1日から平成13年3月31日まで)における売上高及び経常利益の中期計画は次のとおりであった(〈証拠略〉)。ただし,第84期は平成10年6月頃の試算であり,第85期は平成11年5月以前のものである。

第84期 売上高 金1150億円 経常利益 金40億円

第85期 売上高 金1350億円 経常利益 金75億円

(二) 被告における従業員数対策

(1) 被告の右各決算期の従業員数(出向社員を含む)は次のとおりに推移した(〈証拠略〉)。

第79期 2952名(81名減)

第80期 2841名(111名減)

第81期 2861名(20名増)

第82期 2979名(118名増)

第83期 2920名(59名減)

(2) 被告は,従業人の採用等について,次のとおり,提示等している。

〈1〉 平成10年3月13日の被告定例取締役会において,竹内克己取締役(後に代表取締役専務取締役,以下「竹内専務」という)は,従業員数は被告グループ全体で約3000名を基準とし,中途採用はしない,再雇用は厳選するが,ローテーション人事で後継者を育てる努力をして,新卒者は60名程採用予定であると平成11年度人事・採用計画を提示した。

〈2〉 同年6月12日の被告定例取締役会において,竹内専務は,新卒者の採用を被告グループ全体で50名,うち被告本体で20名程度として新規採用者数を押さえ,自然減により従業員2400名から2000名を目指すと報告した。

〈3〉 同年6月15日の被告の定例労使協議において,小泉純一代表取締役社長(以下「小泉社長」という)は,被告の労働組合幹部に対し,前記竹内専務の定例取締役会の報告を追認する形で,被告本体の人員については現在の約2400名から約2000名程度となるよう削減を考えているが,人(従業員)には手をつけず自然減で対応すると言明した。

〈4〉 同年10月16日の被告定例取締役会において,竹内専務は,50歳以上の年俸者を対象に50名程度の勇退者を募る,既存子会社DTSへ40名程度出向・移籍させる,新設子会社に100名程度出向・移籍させるという案を説明した。,(ママ)新設子会社の具体的な検討は12月以降にすると述べた。総務本部理事(事業部長・本部長)の職にあった原告森は,同年9月29日,直属の上司に当たる竹内専務から右新設子会社提案実現のためのプロジェクト作りを指示されたが,原告森は,個人の意見として,反対の意見を述べた。

〈5〉 同年11月4日,小泉社長,大西忠取締役副社長(以下「大西副社長」という。),竹内専務は,大阪本杜,東京本社,小牧事業所,滋賀事業所において,年俸者に対し,経営状況が厳しいことを理由に,役員報酬の10パーセント削減,年俸者の給与の5パーセント削減等について説明し,次年度年俸決定のための年俸者面接を直ちに実施する旨伝え,また,その面接の際に勇退希望があれば聞く旨を述べた。

争点

1 原告らに対する合意退職(労働契約合意解約)申込みの効力

2 原告らの退職承諾の有無又は効力

(一) 原告森の退職承諾の有無及び効力

(二) 原告の(ママ)退職承諾の効力

(三) 原告の(ママ)退職承諾の効力

(四) 原告の(ママ)退職承諾の効力

(五) 原告の(ママ)退職承諾の有無及びその効力

3 原告らに対する債務不履行,不法行為の成否及び損害(慰藉料・弁護士費用)の有無

当事者の主張

1 争点1(原告らに対する合意退職申込みの効力)

(一) 原告ら

(1) 被告は原告らに対し,その諾否を検討するに相当な時間的余裕や諾否について選択の余地を殆ど与えることのない形で退職を勧奨した。原告らに対してされた退職勧奨は,実質は,解雇の意思表示に近いものである。原告らは,以下,退職勧奨を,右のような限定された意味において用いる。定年制のある労働者に対して右のような形で退職を勧奨するについては,業務上の合理的な理由を必要とし,事業不振に基づく人員削減を目的とする場合には,いわゆる整理解雇の場合と同様に〈1〉人員削減の必要性,〈2〉解雇回避努力,〈3〉合理的な人選基準とその適正な適用,〈4〉事前の納得できる説明の4要件を満たす必要があり,これらを満たさない退職勧奨は人事権の濫用として無効であり,合意退職(労働契約の合意解約)の申込みとしての効力を有しない。従って,これに労働者が承諾しても,合意は成立せず,無効である。

(2) 原告らに対し,右4要件が満たされているかどうかをみると,被告の経営環境は,第81期(平成8年度)をピークとして徐々に下降線をたどってはいるが,赤字決算にまでは至っておらず,また,第84期(平成11年度)以降は大幅に改善する見通しを立てており,平成10年11月18日付けの「中期計画の見直しと経営のスピードアップ化(〈証拠略〉)」で発表したような退職勧奨までして200名という多量の人員削減を必要とする経営環境にはなかったし,右発表でいう平成13年3月末人員の2000名体制確立も被告の通常期における定年退職及び自己都合退職等による自然減が,毎年120ないし150名と推定されるから,被告が平成10年12月31日付で実施した55名の退職勧奨を行わなくても十分達成可能であった。

仮に被告に人員整理を含めた経費節減を緊急にしなければならない必要性,合理性があったとしても,そのための措置は,役員役員(ママ)の削減,遊休資産の売却,新規採用者のストップ等,正社員の人員削減を計画・実行する前に他の代替的な手段を取るべきであるのにそのような手段を取らず,さらに,百歩譲って人員削減が必要であったとしても,社内での受入れ可能部門への異動,子会社への出向・転籍を優先させるべきである。その上で,さらに人員削減が必要である場合は,希望退職者の募集(職種別,部門別,職場別に募集人員を特定し,募集期問(ママ)前に割増し退職金の給付などの条件を労働者に十分周知させる方法による)により人員削減を図るべきである。それでも計画した人員削減の目標人数に満たない場合に限り,被告の恣意によらない配慮をした上で,労働者の自由意思を尊重することを前提に退職勧奨すべきである。被告は,それらの手順や方策を取らず,いきなり労働者に対し退職を勧奨したのである。

また,被告がどのような社内手続を経て,どのような合理的基準で,原告らを含む退職を要求する労働者の人選をし,退職を要求することを決定したのか全く不明である。原告らを含む退職を要求された者は,50歳以上の年俸者という以外に何ら共通点はなく,むしろ勤務成績が良好な者がほとんどであったのであり,被告の人選そのものに合理性はなく,むしろ不合理な差別が行われた疑いすらある。

そして,退職を求めざるを得なくなった必要性や原告らに退職勧奨がされることになった合理的理由などについて,原告らを納得させる説明は一切されていない。

(二) 被告

(1) 被告が原告らに対してした退職勧奨は,原告ら従業員の自由な意思に委ねられているものであり,単なる合意解約の申込みないしは申込みの誘引であるから,原告らが主張するような要件を充足する必要はない。ただ,被告としても,経営改善のためのあらゆる努力を尽くしたが最終的にやむを得ない措置として退職勧奨に及ばざるを得なかったものである。

(2) 被告は,平成10年4月以降,中期経営計画「21世紀初頭のダイフク」をスタートさせ,収益性重視の経営への抜本的な経営転換を図るべく,子会社への出向及び移籍,定期採用の大幅減,役員賞与の全額返上,役員報酬の無期限カット等の人件費の削減策を講じるとともに,設備投資・開発投資の見直し,出先店舗の統廃合等,厳しい経営環境に対処すべく手を打ちつつあった。この時点においては,採用数の減少により,2001年3月末日までに従業員数を2000人に減らす計画であった。ところが,平成10年9月ごろになって,被告の受注見通しが大幅に下落することが明らかとなり,以上の手段のみをもってしては状況に対処できないことが判明したため,急速(ママ),2000名体制への移行を平成12年3月末までに実現し,一層の企業体質強化を急ぐ必要が生じた。この結果,平成10年11月,原告らに対する退職勧奨を行ったものである。このように,原告らに対する退職勧奨は,急激な経営環境の悪化に対応するためやむなく実行されたものであり,被告の経営を抜本的に建て直すためには必要不可欠の施策であった。

(3) 退職勧奨対象者の人選についても,勇退勧奨候補者の選定基準を設け,年齢や勤務成績等の客観的・合理的基準に基づき行った。そして,平成10年11月4日の年俸者に対する説明会では,退職勧奨等の厳しい要望がありうることが説明されているし,個別の勧奨は円満に行われ,退職者の再就職セミナーも実施し,再面談も行うなど,真摯に対処している。

2 争点2(原告らの退職承諾の有無及びその効力)

仮に,原告らに対する退職勧奨が雇用契約合意解約の申込みとしての効力を有するとしても,原告中出はこれに承諾していない。また,原告ら全員(原告中出については,仮に退職を承諾したとしても)について,強迫による意思表示であるから,これを本訴状によって取り消す。

(一) 争点2(一)(原告森の退職承諾の効力)

(1) 原告森の主張

原告森は,平成10年11月6日,被告本社専務室において,竹内専務から,突然に「君辞めてもらう。」と辞職を通告され,辞職通告の理由として,原告森が伊東進前社長の私設秘書のような役割を果たしていたこと,竹内専務のリストラ策に反対したこと,出張ばかりで不在が多く何をしているのか判らないこと,一匹狼で人望がないこと,森田公認会計士が良くは言っていないこと等,いずれも事実に反するか,事実としても懲戒事由には当たらない事実を挙げ,辞職通告に応じなければ特別退職金は無しだと告げるなど,これに応じなければ,竹内専務ら被告役員からいわれなき配置転換や大幅減俸等の報復措置を行いかねない状況で退職を求め,原告森に,同月9日,退職に承諾させ,同年12月14日付けで退職届を提出させものであって,右承諾は強迫によってなされたものである。

(2) 被告の主張

被告の竹内専務は,平成10年11月6日,専務室において,前田人事部長を介して,原告森を呼び,同原告に対し,退職を勧奨したが,原告森が主張するような強迫行為は行っていない。竹内専務は,退職の場合,〈1〉退職金に割増金が上乗せされること,〈2〉在職年数や理事という地位にあった関係から,退職金は他の者と比較して最高額となること,〈3〉有給休暇の未消化分についても給与支払いの対象となること,〈4〉再就職のガイダンスについても,被告の負担で外部の専門会社を用意していること等を説明し,これに対し,原告森は,特段の質問をすることもなく「わかりました。よく考えさせて下さい」と回答し,面談は短時間の内に平穏に終了した。被告は,平成10年10月31日開催の常務会において,勧奨に際しては,長年被告のために尽くしてくれた対象者の名誉やプライドを傷つけることのないようにとの配慮から,対象者として選定された理由については敢えて伝えないということを申し合わせた。そこで,竹内専務は,この申合せに従い,原告森に対し,退職勧奨の対象となった理由を何ら告げていない。原告森は,同月9日,竹内専務の部屋を訪れ,退職を承諾するの意思を表明し,同年12月14日付けで退職届を提出し,同月31日付けをもって円満に退職した。

(二) 争点2(二)(原告浅野の退職に対する承諾の効力)

(1) 原告浅野の主張

原告浅野は,平成10年11月11日,被告滋賀事業所第5応接室において,被告の大西副社長から何ら理由や根拠を説明されることなく,「辞めてもらいたい。」と退職を求められ,原告浅野の,何故自分が選ばれたのか,自分を指名したのは戸上館長なのかどうかという質問にも,ただ,「(退職を)お願いする。部課長の50歳以上の中から役員が選んだ。」と回答するのみで,原告浅野に退職を求める具体的理由や指名された経緯の説明は一切せず,来年度の年俸を決めるための協議に入ろうともせず,終始,強硬に,退職を要求し,同日の再度の面接でも同様の対応しかせず,原告浅野が返答を留保し,正式の回答をしないにもかかわらず,被告滋賀総務部一之瀬課長をして同月(ママ)12月中頃までに被告宛てに退職届を提出するよう連絡させ,このまま退職拒否を貫けばいわれなき大幅減俸等の報復措置を受けるかも知れないと考えさせて,これにより,同月中頃,退職届を提出させたもので,右退職の承諾は強迫によってなされたものである。

(2) 被告の主張

被告大西副社長は,平成10年11月11日,滋賀事業所日に新た館第5応接室において,戸上館長及び前田人事部長も同席の上,原告浅野に対し,退職を勧奨した。また,前田人事部長から退職した場合の退職金の加算や合計額,有給休暇の残日数相当分の加算,転職支援の内容について説明が行われた。原告浅野は,「即答しかねる。少し考える時間がほしい。」等と述べて,退室したが,同日,再び大西副社長と面談したい旨申し入れ,再就職が決まるまで退職を留保することはできないかと述べたが,大西副社長は,退職に応じてもらえるよう重ねて説得した。この2回の面談は,短時間の内に平穏に終了し,退職に応じない場合の報復を窺わせるような言動はされていない。原告浅野は,翌12日には,朝礼において,「肩も凝っていないのに肩を叩かれて,辞めることになった。まだしぱ(ママ)らくはいますが,いろいろ有り難うございました」と挨拶し,退職の意思を明らかにした。その後,原告浅野は,同年12月10日付で退職届を被告に提出したもので,被告には強迫に及ぶ行為はない。

(三) 争点2(三)(原告樋口の退職承諾の効力)

(1) 原告樋口の主張

原告樋口は,平成10年11月5日,竹内専務から専務室に呼ばれ,何ら理由や根拠を説明されることなく,突然退職を求め,原告樋口が退職することを前提に,原告樋口の意向を確かめることなく,何ら労いの言葉もないまま,直ぐに退職金の算定方法等事務的話を始めた。原告樋口は,退職拒否を言い出せば,被告からいわれなき出向,配置転換,大幅減俸等の報復措置を受けるかも知れないと考え,平成10年12月20日付でやむをえず退職届を提出した。被告は,原告樋口に,退職に応じないときは出向,配置転換・大幅減俸等の報復措置をされるかもしれないと考えさせて,退職に応じさせたもので,竹内専務の行為は強迫に当たる。

(2) 被告の主張

竹内専務は,平成10年11月5日,大阪本社4階専務室に原告樋口を呼び,吉行セキュリティ本部長も同席の上,同原告に対し,退職の勧奨を行った。そして,50歳以上の年俸者が対象であること,円満に退職した場合の退職金の額,有給休暇の扱い等について他の対象者に対するのと同様の説明を行い,面談は毎時間の内に円満に終了し,退職に応じない場合の報復を窺わせるような言動はされていない。その後,原告樋口は,他の同僚2名と一緒に退職に当たっての事務手続についての説明を受けた。そして,原告樋口は,退職手続を行い,被告に対して退職届を提出し,同月31日付をもって退職し,割増退職金を異議なく受領し,円満に退職していった。原告樋口は任意に退職に応じたものであり,何ら強迫に当たる事実はない。

(四) 争点2(四)(原告平形の退職承諾の効力)

(1) 原告平形の主張

原告平形は,平成10年11月5日,被告小牧事業所役員室において,竹内専務から,何の理由や根拠も説明することなく,突然退職を通告された。竹内専務は,原告平形が退職することを前提に,原告平形の意向を確かめることなく,直ぐに退職金の算定方法等事務約(ママ)話を始めた。原告平形は,退職拒否を言い出せば,被告からいわれなき出向,配置転換,大幅減俸等の報復措置を受けるかも知れないと考え,平成10年12月中頃,退職届を中部総務部へ提出した。竹内専務の行為は,原告平形に,退職に応じないときは出向,配置転換,大幅減俸等の報復措置をされるかもしれないと考えさせて,退職に応じさせたもので,強迫に当たる。

(2) 被告の主張

竹内専務は,平成10年11月5日,小牧事業所1階役員室に原告平形を呼び,吉行セキュリティ本部長も同席の上,同原告に対し,退職を勧奨した。そして,引き続き,円満に退職した場合の退職金の額,有給休暇の扱い,転職ガイダンス等につき,他の対象者に対する者と同様の説明を行った。面談は短時間の内に平穏に終了し,退職に応じない場合の報復を窺わせるような言動はされていない。その後,原告平形は,退職手続の説明を受け,退職手続を行い,平成10年11月30日付で退職届も提出し,任意に退職に応じたものである。

(五) 争点2(五)(原告中出の退職承諾の有無及びその効力)

(1) 原告中出

原告中出は,平成10年11月11日,被告東京本社1階応接室において,今井常務,北條正樹取締役,天草晴吉事業本部長及び河野事業本部長と,翌年の年俸を決めるためのいわゆる年俸面接を受けるため面談に臨んだところ,突然今井常務から何らの理由や根拠を説明されることなく,「あなたは先日の役員会で12月31日で辞めていただくことに決まりました。」と事前選別をあからさまにし,退職を通告した。原告中出は,何らの予告や十分な説明もなくそのような一方的な通告を受けたことに驚き,自分が退職予定者に選ばれた理由を尋ねたが,今井常務を始め面接者全員が何も返答できず,今井常務は,話題をそらし,割増し退職金について説明しようとした。そこで,原告中出は,退職を既成事実とするそのような話を聞けないとし,被告が自分に退職を要求している理由について尋ねたところ,今井常務は「今は言えません。」と答えるのみで,全くその点の説明をしなかった。原告中出が,更に「それでは,後日理由を聞かせていただけるのですか。」と問い詰めたところ,今井常務は「会社として理由を言うことはできません。詳しい(退職)手続は人事の担当者と打ち合せて下さい」と答えるのみで,全く説明をしなかった。原告中出は,平成10年11月20日,大阪の被告本社に出張した際,人事部中島課長と面談し,被告が退職を要求する理由について問い質そうとしたころ,同課長は退職金の受給手続を説明し早急に退職届を提出するよう要求するのみであった。このように,原告中出が要請した被告側が退職を要求している理由の説明や,原告中出の退職意思の確認作業(退職届出の提出と受付)も何らなされないまま時間が経過し,被告側が理由不明の事由で退職を要求している以上,原告中出としては,被告が要求する退職届を提出せずにいた。被告は,右のような作業を経ず,退職届を提出していない原告中出が希望退職に応じ退職したものとして,平成10年12月31日付けで事実上退職扱いとした。被告がなした行為は,退職届の有無に関係なく,事前選別した退職勧告者に対し,事務的に希望退職に応じたとして処理をしたのである。

(2) 被告の主張

今井常務は,平成10年11月11日,東京本社応接室に原告中出を呼び,北條正樹取締役,天草晴吉事業部長及び河野事業部長も同席の上,同原告に対し,会社の状況が厳しいことを説明し,「誠に申し訳ないが,後輩に道を譲るということで,退職することをお願いしたい。大変心苦しいがお願いする」と述べて退職を勧奨した。この際,退職勧奨の対象となった理由について原告中出から質問があったが,今井常務は,前記の常務会における申し合わせの趣旨に従い,「会社としては理由は申し上げられません」と説明を避け,円満に退職した場合の退職金の加算,再就職のサポート等,退職勧奨に応じた場合の説明を行い,面談は短時間の内に平穏に終了した。その後,原告中出は文書による退職届こそ提出しなかったものの,被告東京本部総務部部長代理竹(ママ)内基調(ママ)に対し,「退職についてはわかります」と明確に退職に応じる旨表明した。実際にも,原告中出は,面談後,退職手続について説明を受け,退職に必要な手続をすべて行い,会社の費用負担で行われた転職セミナーにも参加し,送別会に出席し,そのころから会社に出社しなくなり,社宅も引き払い,同年12月31日付けで退職となり,割増退職金も異議なく受領し,円満に退職し,その後原告中出は平成11年6月に再就職している。このような経過からすれば,遅くとも,同年12月31日には,黙示的に退職に承諾したものである。退職届が未提出のままとなったのは,原告中出の退職が円満に進行していったことから,被告担当者が失念したことによる。

3 争点3(原告らに対する債務不履行,不法行為の成否及び損害の有無)

(一) 原告ら

(1) 被告が,原告らに退職を勧奨し,これに応じさせて退職扱いとしたことは,人事権の濫用であり,原告らの労働者として,あるいは家庭内の夫ないし父親としての立場を喪失させ,原告らの人格権を侵害するものであり,債務不履行又は不法行為となるものである。そして,その精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は各250万円を下らない。よって,原告らは被告に対し,債務不履行ないし不法行為による損害賠償請求としてそれぞれ250万円の支払を求める。

(2) 原告らは,本件訴訟提起するに際し,原告ら代理人らに訴訟委任し,その訴訟委任契約に関する報酬・費用を支払う旨約した。右弁護士費用は,被告の債務不履行ないし不法行為により生じた損害であり,その額は原告ら各自について50万円が相当である。

(二) 被告

原告らの退職は,その自由意思に基づく合意に基づくものであり,被告には債務不履行も不法行為にあたる事実もない。従って,原告ら損(ママ)害が発生することもない。

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